仕事と旅と時々ゴルフ

日々、感じたことをつづる日記です

復権

復権」という言葉を辞書で引くと、失ったものを取り戻すこと、とあります。
元は法律用語で、自己破産した人などが失った権利を回復すること、有罪判決を受けた人が失った資格を、恩赦の一環で取り戻すこと、などの意味もあるよう。力強い言葉、ですね。

 

f:id:fb980844:20180926220740j:imageこの夏、西表島に行きました。海と空が優しかった

 

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この言葉を意識したのは、ベネッセという会社に勤めていたときに、瀬戸内国際芸術祭というトリエンナーレに立ち会ったときのこと。3年に一度、香川県直島を中心に、瀬戸内海十数の島々を舞台に繰り広げられる現代アートの祭典で、「海の復権」がテーマとなっていたことがありました。

 


自然豊かで穏やかな内海に囲まれた島々は、近代以降、政治的には隔離・分断され、工業化に伴う資源採掘などで荒れ果て、産業廃棄物の不法投棄や環境汚染に苦しむという悲しい歴史を背負っています。

 

これらの島々を現代アートの力で元気づけられないかと、ベネッセ(当時、福武書店)の創業者、福武総一郎氏の発案によって、建築家の安藤忠雄氏やそれに賛同するアーティストたちが集まり、その土地に根差した作品を手がけ、島民たちと力を合わせて祭典を盛り上げるようになります。今では会期中、世界中から100万人以上の来訪者で賑わうまでになりました。その後、新潟の越後妻有「大地の芸術祭」や札幌「札幌国際芸術祭」など、地域資源を活用し、現代アートの力でよみがえらせようという取り組みが続くようになったのも、この芸術祭が一躍脚光を浴びたのがきっかけでした。

 

海は、復権を果たしたろうと思います。

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去年、仲間とともに言った直島

 

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この言葉を思い出すきっかけとなったのは、とある記者との会話。彼女とは年齢も近く、考え方もちょっと似たところがあって、仕事のパートナーという関係を越えた何かシンパシーのようなものを感じていました(私が勝手に)。

 

久々に会う機会があり、仕事上の話から私生活まで、いろいろと語りつくせぬ思いを交換する中で、家族の話になりました。長女(長男)、一人っ子は親の愛をひとり占めして伸び伸び生きているけれど、次女(次男)は長女の存在が必ず先にあり、どちらかというとガマンすることが多かったと。

 

振り返ってみると、三女である私も、姉からしたら自由気ままに育っていいよねと言われるのですが、常に大人たちの顔色を見て育った気がします。いつも家族の中心に自分がいて、何か注目を集めることをすると喜ばれる。そうすると、また嬉しいから、喜んでもらえるようなことをする。自分の行動のモチベーションが、「周り」という環境にありました。周りの期待に応えるのは得意ですが、普段、それを意識することはありません。

 

f:id:fb980844:20180927225347j:image西表島から由布島に渡りました。ただひたすらに、私たちの乗った荷車をひく水牛の姿に、得も言われぬ感覚を覚えました

 

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そして、そういう人が苦手なことって、自分が本当は何をしたいか(したくないか)を自覚することで、いざ、自由な好きにしていいよと言われても、自分が本当に心から楽しめることって何だろう?って考え込んでしまいまいます。

 

恋愛でも自分がどうしてほしいかより、相手が何を求めているかをまず考える。相手の期待に応えるのは得意だけど、自分がしてほしいことが何かを気づくことも難しいし、何かそういうものがあったとしても、切り出すのが苦手。迷ったら、自分が身を引くことを選びます。

 

とまあ、そんな生き方が板についているわけですが、記者との話に戻ると、彼女もそんな背景はありつつも、最近は忙しい仕事がひと段落つく週末には、自分が本当に好きだったことに費やす時間を「取り戻して」いるのだそう。

 

映画や音楽が好きだから、映画館に行ったり自宅で音楽を聴いて過ごしたり、とにかく自分が心から楽しめるものを、誰の気兼ねもなくする。そう語る彼女の姿がとっても素敵でかっこよくて、まさに私も、その感覚を取り戻したいってずっと心の奥底で感じていたのを、言語化してもらったような気持ちになりました。

 

生涯を通じて、人は何かを手に入れ、何かを手放していくのだと思います。そうすることで人生のバランスをとっているのかもしれません。自分の元に取り戻したいものが何なのか、見つけられた人は強い。

 

これまでは、周りの期待に応えることに全力で向き合ってきましたが(それでよかったと思っています)、これからの人生では自分の期待にも応えることで、自分の心が喜ぶことも大切にしていきたいです。失った自分らしさを取り戻すような感覚、でしょうか。幸せそうに見える誰かをうらやむのではなく、自分で自分を幸せにしなければと思います。まずは、心から楽しいと思えることを思い出して、楽しむところからですね! 

 

f:id:fb980844:20180926221311j:image台風24号の影響で、船だけでなく飛行機も欠航になるということで、西表島から慌てて荷物をまとめて飛び出しました

 

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遅めの夏休みも今日で終わり。
職場の皆さんのご協力のおかげで、リフレッシュすることができました。感謝!

今日はあいにくの台風の影響で、約束していたランチと夜の約束をやむなくキャンセルしました。とても会いたかった人たちなので残念ですが、また次に会える楽しみができたということで、おうちでのんびり過ごします。
さて、来週から気持ちを入れ替えて、頑張りますかね! 

 

今日もとりとめもない話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

転職して3ヶ月、今にして思うこと

「〇〇〇〇〇(当社名)さんですよね、先日はどうも~っ!」

入社当初、たまたまメディア向けの勉強会で他社にお邪魔したとき、同僚のところに記者が駆け寄った。メディアから歩み寄られるなんてシーンを、前職で想像したことがあったろうか。自分も名刺交換をしながら、あまりのギャップに鼻血が出る思いがした。これはもしや、モテ期到来ではないかと!笑

 

転職をして3ヶ月がたったので、今日は入社直後に感じたことを書き記しておこうと思う。

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オフィスから見える景色。最近、新しいビルに移転した。オープンスペースのこの席から見える、この景色がお気に入り。

 

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大企業にいた頃は、当然のように自社をカバーする記者がいて、担当が代われば必ず後任者が挨拶に来てくれた。企業が記者を育て、記者が企業を育てる。そんな構図がごくごく、普通の景色だった。

他方の前職はといえば、名もないベンチャーだったので、代表電話にテレアポしては、「間に合ってます」とガチャ切りされたり、「何とかこのリリースだけは、お目通しいただく価値があると思うのですが!」とやっとのことで記者を捕まえても、「あー、この程度のネタだとうちでは扱えないんですよね」と一蹴される日々。

こんな生活を2年も続けると、「モテ」ないことを嫌でも認識する。これは多くのベンチャー広報担当者にとって、共通する感覚ではなかろうか。

もちろん、そんな中でも対等に接してくれる稀有な記者がいるもので、そういうときに向き合ってくれたヒトほど、私にとっては貴重な存在だったりする。

 

「今度、ごはん行きませんか?何か、食べたいものありますか?」

新卒で入った内閣府。当時、政府系の広報業務に従事していた。ちなみに、内閣府の広報室というのは、全省庁の広報予算を一括して管理しており、わが国政府としての広報機能を所掌している組織だった。ちょっと珍しい構図だ。なお、広報室といっても、民間でいうところの宣伝部門のようなところで、お金を使って広告や番組を制作する。民間でいうところの広報機能は、報道官室という別の組織が管轄していた(当時)。

私は、電波もの、いわゆるテレビやラジオを担当する部門にいた。と、話が脱線したが、仕事でお付き合いのある広告代理店の営業担当者が、食事に誘ってくれた。

収録が無事に終わり、素敵なお店でランチして、楽しい時間を過ごした(少なくとも私はそう思った)。会計は私が払いますと、彼女が領収書を切ってくれ、心から感謝して役所に戻った。

楽しい余韻冷めやらぬまま、そのことを上司に報告し、えらく叱られることになるのだが(笑)、それもそのはず。役人は利害関係者から利益供与されてはならない立場。そういう規律やモラルが、名実ともに役所内に根づき始めた頃だった。

 

「今度は割り勘で、またランチ行きましょう!」

彼女ともっと話したくて、収録で会ったときに声をかけた。だが、結果的にはランチが実現することはなかった。そう、彼女は別に、私と話がしたかったわけではないのだ。クライアントの担当者として一度、そういう形を作っておきたかったということなのだろう。社会人一年目の私の話なんて、面白くなくてもムリはない。

この件はさておくとしても、出入りするメディアの人たちが、こぞって私に頭を下げる。自分の父親ほどの人たちに気をつかわれるにつけ、「これは私に対してのものではなく、背負っているポストに対して」ということを思い知るのだった。

身分をわきまえる、ということを覚えたのは、この頃だったように思う。

 

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内閣府の同期が今年2人も結婚した。いずれも幸せそうで、とても嬉しかった。

 

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仕事は会社の看板を背負ってする。そういうものだと思う。

しかしながら、会社の信頼と自分のそれとを勘違いしてはいけないと、会社のステージが変わった今、改めて感じる。

今の時代、一つの会社で働くとは限らないし、看板は変わることもある。なくなることだってある。とするならば、最後に残るのは人としての信頼とかこの人と一緒に仕事をしたいという気持ちかもしれないなと。私は今、そんな人間になれているだろうか。

 

馴染みの記者は言う。

「前の会社で足蹴にされたんだったら、そんな記者の取材、受けない方がいいよ」

 

確かにそういう考え方もある。

しかしながら、今学ぶべきは社会の構図であり、自分の立ち位置だ。与えてもらっている立場で、自分に何ができるか。そのことを全力で考える。ただ、それだけなのだと思う。

 

ここのところ、大企業にいたころのことも思い出しながら、そんなことを振り返っていた。でも、そんな中でも思うのは、最後は自分らしく、楽しく生きることが大事なのかもしれないということ。今さら?という気もするが(笑)、いろいろな出会いや仕事を通じて、そのことを改めて感じるに至る。それは、この会社で輝くように生きている、素敵な仲間に出会えたからだった。

 

これからの人生、周りの人たちと心から笑い合いながら、楽しく生きていけたらいいなと思います。


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仲良しのお友だちとゴルフしているときが至福の時。

 

久々のブログでしたが、とりとめもない話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

ブログをはじめて感じた、身の回りの変化(広報マーケティング Advent Calendar 2017)

昨年に引き続き、広報マーケティングアドベントカレンダーに参加しています。3日目の今日は、ブログ(個人)での情報発信を通じて感じている、身の回りの変化についてご紹介します。

adventar.org

昨年の同じ時期、このアドベントカレンダーに参加するためにブログを始めました。周りのススメがあったからですが、何を書けばいいかわからず、とりあえず自己紹介文と仕事ネタで記事を書き始めました。それがまあ、たいそう硬い文章だったため、会う人たちに「役所の文章みたい!」「どんだけ真面目なの!」とイジられまして、ああ、私の文章って硬くて真面目に見えるのね?とわかりました…苦笑)でも、新しい人たちとそういったコミュニケーションが広がっていくことが純粋に楽しく、また、自分が見る自分と他人が見る自分とのギャップが新鮮で、多くの気づきがありました。

自己開示にはリスクも伴うので、一概にすべての人にススメられるものでもありませんが(こんな私でもストーカー被害にあったり)、マイナスを補って余りあるプラス効果を実感しているので、具体的にどんなことが起きたかを振り返ってみたいと思います。

 

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今日は岐阜出張。名古屋から富山へ向かう高山本線の車中、久しぶりのブログに必死(写真は前回出張時のもの、今回は写真を撮り損ねた・・涙)。 

 

1)必要な情報が舞い込んでくる

今の自分がおかれている状況を見て、必要な情報を与えてくれる人が現れます。facebookも含めてですが、ブログでの発信を見ていてくれる人が必ずいて、自分自身では気づかないことに気づいてくれるようです。例えば・・

 

地域通貨の取り組みに関連し、業界の著名人を紹介してもらう

・飛騨の取り組み、もしかして御社?と遠いルートから知ってもらう

・他社で類似の取り組みをしているなど、関連情報をもらう

・NVCなど、物事の捉え方やコミュニケーションで役立つ概念を教わる

・この本を読んでみるといいかもと、良書をご紹介いただく

・似たようなキャリアを歩んでいるからきっと話しが合うよと広報さんを紹介してもらう

・ゴルフのお誘いを受ける

 

何か問題に直面したとき、それをどんな風に乗り切ればいいかいいか、経験者から有益なアドバイスをいただくことも増えてきました。これって自分では気づけないものがほとんどなので、本当にありがたいです。本を読んだり、他社を調べたり、新しい人に会ったりすることで、次の突破口が見えてくることも多いです。また、ゴルフやってます、というと、同じくゴルフ好きの方からお声がけいただいたりすることも。嬉しいことです。

 

2)共感の声が集まる

公私ともに感じていることを率直に書き記しているからだと思いますが、私の悩みに共感してくれた人が集まり、繋がっていくのを感じます。例えば・・

 

・記事内容への共感の声が集まる(反響が大きかったのは、一人広報の悩み

・ブログ読みました、とfacebookでメッセージをもらう

・PRプランナーのことを調べていたら、私のブログにたどり着いた(既に面識のある広報仲間から)

・広報を手伝ってほしいと言われる

・私が過去に勤めた会社に転職した人から、あの会社どう?と相談を受ける

・実は私もバツイチです、と突然告白される(嬉)

・抱えきれない悩みを打ち明けてもらう

 

私は仕事もプライベートも人との信頼関係を大切に感じるタイプなので、こういったやりとりってとってもありがたいなと感じます。

1で記したように、私も周りの人から励ましの言葉やアドバイスをいただくので、私に何か相談してくれた人たちにも同じことをお返ししています。一人広報の孤独感を分かち合って励ましあったり、PRプランナーというマイナー?な試験を受けたときの経験をシェアしたり、過去勤めた会社で私が感じていたことをお話ししたり。誰しも一人では抱えきれない悩みを抱くこともあると思いますが、そういった話が話題に上ることも多くなったような気がします。

時には、「あまり離婚の話とか書くと、重い女と思われるからやめたほうがいいよ?」というありがたいお言葉もいただいたりしますが、私としてはそのこと自体は自分の人生を豊かで味わい深いものにしてくれていると思っているので、あまり隠さないで生きていければという考えています。もちろん、声高に宣言するものでもありませんが…!(ってもう遅いか)

 

3)孤独感からの解放と感謝の気持ちの芽生え

自己開示をすることで、疎遠だった人から連絡をもらったり、誰かの支えになれたらいいなとコミュニケーションを重ねたり、そんなことを繰り返してきましたが、そのやりとりを通じて感じたのは、以下のようなことです。

 

・一人だとどうしても孤独を感じがちだが、実は同じ思いをしている仲間がたくさんいることを知る(一人広報であったり、B2B企業の広報だったり、いろいろ)

・人とのつながりが増え、自分自身が励まされる

・仲間と相談し合ったり、知見を共有しあう流れができる

・周りの人、先輩の支えのおかげだなと思い知る

  

以前、「プランドハップンスタンス」という概念を教えてくれた人がいました。キャリア理論で「計画された偶発性」という考え方なのですが、予期しない出来事や偶然の出会いがキャリア形成に与える影響が大きいという考え方です。これは本当に目から鱗で、なるほどとうなりました。情報発信することで、結果的にこういうサイクルを引き寄せているのでは、と感じた一年でした。

 

allabout.co.jp

 

まとめ

個人的な体験なので再現性がどの程度あるのかは未知数ですが、諸先輩方からも、広報自身の自己発信が大事、という話をよく聞くので、きっと大事なことなんじゃないかなって思っています。文章を書くのは慣れないし、何を書けばいいのかわからないと感じる人もいるかもしれませんが、見切り発車でもいいと思います。とにかく、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。きっと、あなたの発信を誰かが見ていてくれます。よかったら、いろいろと情報発信してみてください。

 

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出張先の高山で地元の居酒屋に一人で入ったら常連さんと仲良くなりました、この後スナックへ繰り出し、夜は更けていきました

一人部署の悩み「自分の限界が組織の限界」

ここ数日、生死の境をさまよっており(嘘)、ブログを書く元気がありませんでした。ですが、周りの理解と温かい支えのおかげでなんとか復活の兆し・・。健康の大切さをしみじみ感じました。

 

私は今の会社(ベンチャーというか中小企業というか)で、一人広報をしています。スタートアップも含めたベンチャー企業では、一人広報によく出会います。よくあると言ってしまえばそれまでですが、やってみると気楽だけどいろいろ大変。今日は、一人部署ならではの悩みについて書いてみようと思います。

 

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この週末、香川と徳島へ合宿に行ってきました。都会の喧騒を離れ、ホテルに詰めてブランド研究の仲間とディスカッション。ベネッセや香川県の方に直島を案内いただき、「よく生きる」ということについて学んできました。

 

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一人部署は文字どおり、自分一人しか担当がいない状況を指します。企業のなりたちとして、まず必要というか存在しているのは、経営者、開発・営業、管理部門ですよね。スタートアップの場合、広告宣伝費をかけられないケースが多いので、企業の成長を後押しする上で広報はとってもいい機能なのですが(声を大にしていいたい!w)、なかなかそれを理解されるケースは少ないのが現実です。*個人的には、営業が地上戦なら広報は空中戦。上空から支援できると思っています。

そのため、私の周りでは、ある程度の規模になってきてから広報を採用するとか、営業やマーケ担当者が兼務するケースが多いようです。一人部署は気楽ではありますが、悩みといえばこちら。

 

一度にさばける仕事量が業務量のボトルネック

多い時には月に10本以上のプレスリリースをひいひい言いながら書いていました。クライアントなり協業先と連携して、メディアにアプローチしてということを繰り返すわけですが、これ、個人の処理能力がまさに、組織のボトルネックになるんですよね。まして、協業先やクライアントが大企業であることがほとんどなので、こちら側の思い通りになるケースは少なく、難しい調整を迫られることとなります。

広報業務もいくつかありますが、自社の場合、リリース発信、取材対応、イベント運営、その他(企画ものやマーケ的な仕事)などの4分類くらいに分けられます。そのうちの一つ、リリース配信の流れはざっとこんな感じです。

 

<リリース発信の流れ>
・リリースできる案件を洗い出す(自社単独なのか連名なのか確認)
・案件の確認(いつ、どんな背景で、どんなサービスを、誰が、誰に向けて、どのように開始し、どんな狙いや目的があって、今後の展開はどうなるか、など)
・リリースを書く(画像やロゴも集める)
・営業担当者にドラフトを確認する
・連名社へ確認(クライアント確認)
・知っている記者に連絡、説明に出向く
・コーポレートサイトに掲載する
・リリース配信サービスで配信する
facebookで告知する(会社のと自分個人のと)
・掲載を確認
・掲載を社内に報告&対外的にも報告(サイトとfacebook
・記者にお礼

 

この流れの中で一番頭を使うのが、そのネタをどうやって社会の文脈につなげるか、という点(案件を確認して書くあたり)。当社の場合、開発する案件がバス業界だったかと思えば、金融の領域だったり、はたまた小売や流通、鉄道、行政などと幅広いため、競合の動向や他社との違いをキャッチアップするのがなかなかに難しいです。業界によって媒体や担当記者もわかれるので、媒体をカバー仕切れないのも課題です。

ほかの工程も、作業としては地味にきいてきます。そのため、作業として切り分けられる部分だけでも事務担当者に頼めないかと相談したことがあるのですが、仕事を振れる人がいないという理由で却下され、やむなく一人で担っています(涙)。

他社広報さんは、これらに加え、採用広報やIRなどを担われているケースも。業界がある程度専業であれば問題ないかもしれませんが、一人は何かと大変ですよね。

もしあの時、私が交通事故で入院するとか、インフルエンザにかかって・・とか想像すると、たくさんのリリースが日の目を見なかったか、大幅なスケジュール変更を余儀なくされたことと思います。健康に産んでくれた両親に感謝です。

 

休暇といっても完全には休めない

仕事を振れる人がいない(少ない)ので、自分が対応しなければならないことが多く、休みの日でもPCとケータイを持ち歩くことが多くなりました。特に長期休暇で旅に出る時も、PCを持って出かけます(これはこれで、PC管理が不安なのですが…)。

なるべく、リリースなどの見えている予定がないところで休むようにしたり、休みを避けてリリース準備や取材対応をしたりしますが、問い合わせに休みはありません。何かあれば、社内チャットツールで連絡をもらったりして、折り返し対応をしています。

初めはそれが心休まらなかったのですが、最近ではケータイ・PCがないことが逆に不安になるという始末。良くも悪くも、仕事とプライベートの垣根がなくなってきていることを感じます。

 

自分の能力の限界が部門としての限界

最近、これをしみじみ感じます。経験してみて初めてわかる感覚です。

今の会社に入社したとき、社外の先輩からそういう話を聞いていたので、自分の領域を広げることに注力しました。とにかく人に会いに行き、学びの場に顔を出し、わけもわからず走り回っていたかなと。

というのも、メディアや社外広報担当者とのつながりの広さや深さというものが、広報としてのアウトプットを大きく左右すると思うからです。ここがまだまだ課題で、優秀な他社広報さんを見ては、自分はまだまだだと猛省する日々・・。

また、企画力もとても大事。リリースにはならない小さなネタでも社会の文脈にうまくつなげるとか、他社と連携して世の中の動きとして記者に提案する、などを行うことがアウトプットにつながってきます。

チームとして広報がうまくいっている会社を見ていると、自社のことをよく知っている中心人物がいて、他社でメディアリレーションをうまく築いてきた広報経験者や、メディアへの企画提案力に優れたPR会社出身者の人を採用するなど、各人が強みを発揮しながら、チームへも知見を還元するという良い循環が生まれています。そうすると、4人のチームが4人以上のアウトプットを生み出し、部門としての力が高まるのだと思います。

一人だと学べる人が社内になく、外に学びに行くしかありません。上長も広報のことをきちんと理解しているとは限らず、何なら広報って何なの?というのが社内の一般的な見解であることが多い。一人部署の担当者は孤独を感じることが多いんですよね。そのため、広報の価値や意義を社内に理解してもらうアプローチが必要なのですが、一人だと心折れるケースも多いようです。うんうん、わかるなあ。

 

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フェリーからみる瀬戸内海の風景。穏やかな海と爽やかな風を感じ、命の洗濯をしました。

 

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以上、一人部署の悩みをつらつらと書いてみました。周りの広報仲間と話していると、一人部署をずっと続けるのは大変なので、続いてもせいぜい数年。その後、経験を積んで転職をするか、ほかにも人を雇ってチームとして成長するかのどちらかという意見が聞かれます。ここを頑張り抜けるかどうかも、個々人の努力によってくるのかもしれませんね。

 

「オプションB」のすすめ

今週のお題「読書の秋」

 

フェイスブックのCOO:シェリル・サンドバーグと、「GIVE & TAKE」の著者であり心理学者のアダム・グラントの共著、「オプションBー逆境、レジリエンス、そして喜び」。この本を紹介する、こちらのブログを読みました。

 

give.hatenadiary.com

 

人生に手応えを感じられない今日この頃。ちょっと体調も優れず、帰宅するとぐったりとソファに横たわり、眠り込んでしまう日々。悶々と自問自答する日常には、どこにも出口がないように感じられ、言いようのない悲しみと閉塞感が頭を支配していました。そんな中にあって、この書評が一筋の光明のように舞い降り、手に取ってみることにしました。

 

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文学部出身ながら、本を読むのが大の苦手。集中して本と向き合うことに慣れませんが、序章を読んだだけで胸がいっぱいに。読み進めずにはいられません。

 

www.amazon.co.jp

 

シェリル・サンドバーグが最愛の夫を突然失うところから始まるお話。友人であるアダム・グラントの支えを得ながら、その大きな喪失感にいかに向き合い、乗り越えてきたかを記しています。オプションBとは、オプションAを選べないときの次善策のこと。人生は必ずしも思い通りにはならない、だからこそ、オプションBを使い倒そうと筆者は言います。この本はストーリー展開の中に、心理学的な研究事例も引用されており、悲しみのメカニズムを客観的に解説してくれているところが参考になります。

 

まだ、途中までしか読んでいませんが、印象に残った点がこちら。

 

『私たちは人生のネガティブなできごとをさまざまな方法で処理するうちに、レジリエンスの種まきをする。心理学者のマーティン・セリグマンは、人が失敗や挫折にどのようにして対処するかを長年研究し、「3つのP」が苦難からの立ち直りを妨げることを明らかにした。すなわち自責化(Personalization:自分が悪いのだと思うこと)、普遍化(Pervasiveness:あるできごとが人生のすべての側面に影響すると思うこと)、永続化(Permanence:あるできごとの余波がいつまでも続くと思うこと)である。』

 

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何かつらいできごとが起きた時、「自分ひとりのせいではない、すべてこういったことにつながるわけではない、ずっと続くわけではない」と思えることが、心の回復に必要というメッセージ。

 

なるほど、確かに。
そう考えてみると、これらすべて、日頃から逆のことをやりがちです。むむ、なぜでしょうか。「自己肯定感の低さ」がそうさせるのか、はたまた、レジリエンスがないからなのか。私にはその因果を知る由もありませんが、本書から学ぶことは、レジリエントにしなやかに生きるためには「3つのP」を頭から追い出すことが大事のようです。

 

 

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お気に入りのベーカリー、床のデザインがモダンに生まれ変わって?いました

 

 

絶望から立ち上がり、回復する力=レジリエンス。私がこの言葉を初めて耳にしたのは、1-2年ほど前でしょうか。ちょうど、アドラー心理学がブームになっていた頃です。しなやかで柔軟でしなっても折れない「たおやかな心」、そんなイメージでした。大学のOB会が運営するサロンでこの話を聞いて以来、自分に足りなくて、必要なものだとずっと思っていました。本書を読み進める中で、そのヒントを少しでも学んでいければと思っています。

 

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そういえば、この本(原書)が出た頃も、何かに行き詰っていたのでしょうか。自分のfacebookの投稿を見た、アメリカに住む友人がこの本をすすめてくれていたのでした。普段、あまりfacebookに弱音は吐かない(つもりだった)ので、何気ない投稿だったはずなのですが、友人の目にはきっと、何かしらを求めて彷徨う私の心が見えていたことでしょう。情けないですね、でも、ありがたいことです。

 

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また明日から新しい一週間が始まります。最善でなくても、次善の策を選びとっていけるよう、とりあえず頑張ろうと思います。

 

幸せは自分の心が決めるもの 〜結婚と離婚とその次と〜

お題「結婚」

 

先日、結婚に関するこの記事を読みました。

blog.tinect.jp

 

友情を前提に。これは確かになるほど、と思います。
自分たちの場合も、友情に近いものは確実にありました。でも離婚という決断をした。他に何が必要だったのだろう、と自分の経験を振り返りました。


私もかつて、結婚していたことがあります。
友だちのような関係で、人としての信頼関係はあったけれど、残念ながら4年を少し越えたところで離婚という決断をしました。決してお互いを憎しみあって別れたわけではなく、籍を外してからも、実はしばらく一緒に住んでいました。義弟と3人、夫婦だったときに購入した3LDKのマンションでルームシェア。それはそれで、楽しかったのですが、お互いにまだ次を探してやり直すという選択肢を考えたときに、私は家を出ることにしました。

 

夫婦がうまくいく秘訣は、きっとその夫婦によって異なると思いますが、もし自分たちにあれば良かったものってなんだろう?今夜はそんなことを振り返ってみたいと思います。

 

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結婚していた頃は、友人らを招いてよくホームパーティをしていました

 

結婚生活は楽しいことばかりでもなく、でも悲しいことばかりでもありません。私の経験では、とても素晴らしいものだったと思います。夫婦が一つのユニットとなり、力を合わせ、お互いに支え合いながら、補い合いながら歩んでいくもの。そんな記憶が残っています。

 

自分たちの結婚生活で見直すべきところがあったとすると、お互いの聖域を残すこと、ではなかったかと思います。愛し合って一緒になったとはいえ、30年近く別々の人生を歩んできた二人。まったく価値観が合致するということは考えにくく、まして性別も異なるので、そこでも大きな価値観の差があります。

 

例えば趣味のための時間の過ごし方やお金の使い方。特に時間とお金は夫婦にとって、価値観の違いが顕著に出る場面(私たちには子どもはありませんでしたが、子育て・教育も価値観が出ると言われますね)。ここを互いに干渉しすぎると、夫婦生活が息苦しくなってしまいます。理解はできなくても許容する、これがとても大事だったように思います。当時の私たちは、お互い真面目すぎたせいか、夫婦とはこうあるべきという考え方に縛られ、常に議論というか意見を戦わせていました。完全に折合うことなどないというのに。

 

次第にケンカすることに疲れてきた私が思うことというのは、夫婦だから、どちらかが折り合わなければならない。彼が折れないのであれば、私が折れるしかないということ。彼の考え方は遊び(=余白)はないものの、ある意味では正しいと言える、そう思ったとき、彼の意見を受け入れなくてはならないと考えるようになりました。

 

自分の両親を振り返ってみたときも、これは時代の向きもあろうかと思いますが、やはり妻が夫を立て、夫に付き従う妻の姿が家庭にはありました。そう思うとなおさら、意見をする気力がなくなっていったような気がします。

 

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なんだかちょっと、暗いですね・・苦笑

 

とまあ、お互いの聖域なく干渉を続けた結果、私が耐えきれなくなり、話し合いの結果、離婚という選択をすることとなります。

もちろん、30歳をすぎて、また独身になるということに、不安がなかったわけではありません。仕事はもちろん、バツイチの自分が、また誰かと一緒になれるのだろうかとか、年齢的に誰にも相手にされないのではないかとか・・それはもう、いろいろ悪いケースを想像しました!笑)それでもこの決断を推し進めたのは、この先何十年と、相手との関係性を維持しながら結婚生活を続けることの想像ができなかったからです。正直な気持ちとして、自分らしく生きたいという思いが勝ったんですよね。愛してくれた彼には、本当に申し訳ないと思っています。

 

離婚後、まったく地縁のない東京の東側に居を構え、新生活を始めます。当時、勤めていた会社が歴史に名を残すインシデントを起こし、広報部門にいた私は、日本中からの怒りやクレームを、電話やメールで休みなく浴び続けました。そして、対抗できるカウンターなどあるはずもなく、ただひたすらにお詫びをする毎日。離婚時、お金の問題はすべて彼に従い、貯金がまったくない中で一人暮らしを始めたこともあり、ベッドも買えず、フローリングに敷布団で、疲れが取れない毎日でした・・思い出すと散々な時期だったのですが、それでも小さな自由を手に入れ、新しい生活を始められたことに、生きる喜びを感じた時期でもあります。

 

婚活、結婚、(不妊・妊娠・出産)、離婚。
自分のそれらを振り返ってみると、すべてはスタートであり、その地点から次のステップに進むことが、そのまま自動的に幸せを保証するものではなかったと思います。人それぞれ、置かれている環境は異なりますが、どのステップに進んでもその時々の迷いや悩みがある。そう考えると、自分がどこにいても、幸せを感じられる心の受け皿を持っていることが大事なのかもしれません。今後、少しずつでも、幸せを感じられる力を育んでいきたいなと思います。

 

なお、離婚後、しばらくしてから婚活を始め、お見合いパーティ、オンラインマッチングサービス、結婚相談所など、考えられる手は尽くしに尽くし、怖いもの見たさで怖い思いもし、波乱やアクシデントを何度か経験しました。今思えば、これらもいい思い出なので、いつか書き記してみたいと思います。恋愛市場から脱落した今、心穏やかではありますが、幸せを感じる力がちょっと弱い気もするので、謙虚な気持ちで今を幸せに生きていこうと思います。

 

独り言のような話に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

お魚太郎さんに教わる、美味しいサバのさばき方!

この1-2年、料理という料理はほんとんどしてこなかった私。
夕飯はコンビニ飯かカップラーメン。朝はお気に入りのパン屋でランチは外食。なんて佗しい食生活なんでしょ・・そんななか、友人が知り合いのお魚バイヤーさんを招いたお魚教室を開催すると聞きつけ、何を思ったか、参加させていただきました。

*血が苦手な方はご注意ください、途中で魚の頭を切り落とした写真があります。

 

その名も、「美味しいサバをバッサバサ、サバく会」

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「サバをバッサバサとサバく」→これ、しばらく友人らの間で連呼しました(笑)。

 

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場所は月島の区民センター内にある、社会教育会館。まさに、小中学校の家庭科教室のような室内。4人チームに分かれて席につきます。

 

今日の講師について、告知文から拝借します。

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<講師> 赤堀太郎さん
2002年に学卒後、新卒で魚を取り扱う商社に就職、海外(アラスカ、ノルウェー、チリなど)で買付、加工業務に携わり、2010年オイシックス転職後は、国内で北海道から九州まで美味しくお魚を求めて船に乗るなどの目利きをして参りました。 2015年からは大阪の海老江にオープンした棒寿司 漬け魚の専門店『魚庵』の番頭として、美味しいお魚をたくさんの方に食べていただきたいと奮闘中。
実演フォローとして、田中慧さんもご登壇。水産会社にて日々魚をさばいていらっしゃいます!

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さてさて、早速、サバの基礎知識を学びます。
私たちの食卓に並ぶサバには、複数の種類があるってご存知でしたか?マサバ、ゴマサバ、そして、大西洋マサバです。日本で採れるのは、マサバとゴマサバ、大西洋マサバはノルウェーで採れるため、別名ノルウェーサバとも呼ぶそう。

 

マサバは脂がのっており、ゴマサバは脂がマサバに比べてさっぱりしています。業界的には酸っぱい?というんだとか。ノルウェーサバも脂ののりがよいようで、日本でも人気です。

 

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調べてみると、マサバの旬は秋から冬。秋茄子と同じく、嫁に食わすなと言われるほど美味しいようですね。それに対し、ゴマサバは一年を通じて味が落ちないため、マサバの旬がくる前の夏などが旬とされているみたいです。

 

座学の後は、お待ちかねの実演。まずは田中さんがさばき方を見せてくれます。

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まずは綺麗に洗ったまな板と包丁を準備。サバがスタンバイします。

 

 

エラの右側からまっすぐに包丁を入れ、頭を切り落とします。その後、腹を肛門まで開いてはらわたを取り出します。血合いを抜いて、お腹を綺麗に洗ったら準備完了。その後、開いた腹を自分から見て上側におき、中骨の上側に包丁を入れておろします。同じことを中骨の反対側でも行ったら、中骨にそって骨のある部分を切り落とす。そうすると、三枚下ろしのできあがりです。

 

わかりやすいイラストがありました。

www.sendaisuisan.co.jp

 

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このおろし方を「大名下ろし」というのだそう。廃棄する中骨に身がたくさん残ることから、ぜいたくなおろし方として、大名の名がついたそうです。

 

その後、骨を抜きます。これがほんと、骨が折れる作業なんですよね。いつも食卓に並ぶお魚には、こういった下処理が行われているのかと思うと、お母さんに感謝です。

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骨をとるための専用の道具があります。調べてみると、その名も「骨抜き」、まんまでした。

 

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みんな、実演に釘付けです! 

 

さ、実演では簡単そうにさばくのを見た私たちですが、今日は一人5-6尾をさばくこととなりました。まずはこちら! 

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じゃじゃーん、大量のさば、さば、さば!

 

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とりあえず、頭を落とします。結構、血が出ますので、キッチンペーパーを引いて作業するのが良いです、まな板を洗う作業が楽になります。

 

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ささ、そんなわけでひたすらサバき続ける私たち。慣れない手つきで初めはドギマギしましたが、4尾目をサバく頃には、多少手慣れた手つきに。

 

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こんな感じでサバけるようになりました。ちょっと切り口が雑ですね。

 

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4人でおろしたサバたち。 

 

f:id:fb980844:20170930165250j:image 中骨がついた状態ですが、切り口がちょっといい感じ(自己満足です)。

 

とひたすらサバきまして、今日のお魚教室は終わりました。さばいたサバの一部を塩を降って、一夜干し用のシートに包んでお持ち帰りしました。明日の夜くらいになれば、いい感じにできあがるそうなので、明日の夕飯はサバに決まりです!

 

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と、保冷剤代わりに、とお魚太郎先生がご用意くださったのが、なんとご自身のお店で販売されている「北海道産の塩いくら」、お値段 3,000円!!教室中が歓喜の声に包まれました、ありがとう!先生!!

北海道産塩いくら | 魚庵

 

なお、こちらのいくらは、9/19(火)~10/1(日)まで、エキュート品川で特別販売されているそうです。棒寿しを中心に、西京漬け、佃煮、燻製も販売しているそう。

 

エキュート品川(03-3444-8910))
JR品川駅 改札内 場所/B(マーケットスクエア)
時間/月~土/10:00~22:00 日・祝/10:00~20:30

*魚庵WEBサイトからも購入できます♪ 

www.uoan.jp


面白そうって直感で参加したお魚教室。お魚たちは、いろいろな人が手をかけてくれて、私たちの食卓に並んでいるということを、改めて教わりました。感謝して海の幸をいただこうと思うとともに、これを機に、またお料理を始めてみようかな♪って思いました。主催してくれた友人に感謝!!