仕事と旅と時々ゴルフ

日々、感じたことをつづる日記です

気づいたらそこにあるもの、仕事、居場所、仲間

心の安全が確保できる場所ってありますか?私は、日常生活のなかでわずかですが、あります。今日、そんな場所で少しだけ、話す機会がありました。

 

メンバーは3人。仕事は営業だったり、教師だったり、広報だったりバラバラ。実はお互いのことを、それほどよくは知らない間柄なのですが、お互いに心置きなく話せて聞ける、不思議な場所です。

 

そのうちの一人が、この週末、雑誌の読者会に参加したときのことを話してくれました。どんな雑誌?って聞くと、「ちち」と。私ともう一人の女性とで、「ちち?え、ちち???」と問い直してしまいました。

そう、「致知」という雑誌。聞くところによると、哲学や宗教、人生観などを学ぶ、定期購読限定の月刊誌。読書感想文の材料として用いられることもあるそうで、今年で創刊40周年という歴史ある刊行物。これがまた、とてもためになって面白いのだそうです。私は広報の仕事していますが、残念ながら知りませんでした・・私ともう一人の彼女は、なぜこの雑誌に出会ったのか、どんな風に面白いのか、なんで読者会に行こうと思ったのかなど、聞きたいことが次から次へと出てきました。

 

www.chichi.co.jp

 

読者会で気づきや学びがたくさんあったこと、とても示唆に富んでいたことなどを話してくれました。まるで、その場に引き寄せられたかのよう。モノや情報って、それを求めている人のところに集まるんだなって、改めて思いました。

 

それにシンクロするかのように、実は似たようなことを考えていた今日。この安心できる場所、今働いている職場、従事している広報という仕事、出会う人など、どれも自分が生きてきた中で(あちこち出かけていく中で)、気づいたら手にしていたものだなということ。手に入れるというとなんとなくおこがましい気もしますが、手繰り寄せるというか、引き寄せられるというか、なんというか。

でも、具体的にこの何かを思い描いていたわけではなく、気づいたらそこにあった、気づいたら自分がそこにいた、そんな感覚です。

  

そして、今日のハイライトは、「今まで広報ってよく知らなかったけれど、すごく戦略的でやりがいのある仕事だね!」って二人が共感してくれたこと。

広報ってどんな仕事?会社としてどういう状態になっていることが望ましいの?との質問に、例えばということで、メディアなどに露出し続けるって考え方があるという話をしました。売上の観点でも、採用の観点でも、広く世の中に知られ続けることが大切。どんなにいいものでもいい会社でも、必要としている人に知ってもらわなければ意味がありません。その際、お金を払ってコントロールする広告という手段ではなく、記者の目、記者の言葉で伝えてもらうことが、同じ伝わるでも信頼性が違います。だからこそ、記者に、そのニュースを面白いと感じてもらうことが大切。自分ごとではなく、世の中のこととして感じてもらうことが大事になります。まあ、簡単にはできわけですが、だからこそ、伝わって記事になった時の喜びがあり、ここに広報の仕事の醍醐味があると思っています。

 

自分で言うのも恥ずかしいのですが、広報という仕事を誇りに思います。時々、投げ出したくなること(孤独だと感じること)もありますが、私は広報の仕事が大好きです。

 

f:id:fb980844:20170913204028j:image

週末にお友だちの赤ちゃんに遊んでもらいました!いっぱい笑ってくれるから、私もいっぱい笑いました。とっても幸せです♡

人を幸せにする笑顔は、満ち足りた毎日から

今日、とあるセミナーでキラキラ輝く女性に出会いました。

 

年齢の若さとか見た目の美しさはもちろんですが、それよりも、内面からにじみでる、いや、溢れ出んばかりの会社への思いと同僚への愛。そして、それらを語るときにキラキラとこぼれおちるその笑顔。

 

どんな経緯で今の会社に入ったのかを聞いてみると、こんな答えが。

・自身が大学在学中、今の会社が創業
・創業者と知り合いだったことがきっかけで、手伝うように
・新卒は採らないという会社の方針だったにもかかわらず、働かせてほしいと懇願
・入社して5年、今は経営企画部門で企業文化をつくるお仕事をしている

 

きらきらと、すごく楽しそうに語る姿は感動の域。はたと、自分にもかつては、夢中になれるものがあったのでは、と思い至ります。

 

本当に心から好きでたまらなかったもの。
母親に「ごはんよーっ」て呼ばれても、「はーい」って生返事だけして、目の前のことに夢中になってしまったような幼少期のこととか。岐阜の山奥で育ったので、虫や魚を捕まえたり、川に潜ったり、犬と遊んだり。幼稚園の頃だったか、車で10分ほどの友だちの家まで一人自転車で行き、親にすごく怒られたり(心配になるよね、今ならわかる。お母さんごめんなさい)。

最近だと、共感力の高い人との会話はとっても楽しいと感じます。人に興味がある人は質問も上手。「うんうん、それでそれで?」って質問されると、「そうそう、それでね」っていくらでも会話が続きます。普段は聞き役に回ることが多いので、自分がよくしゃべることはよっぽどのとき。

そんな時間は心地よくて、とっても幸せな気持ちになります。そして、そんな素敵な人との出会いは貴重なので、どうしてその人が、こんな風に人の話を上手に聞ける人なんだろうって興味をもち、私もいろいろ聞いてしまいます。「共感」したりされたり、そんなことが私の毎日の生活をカタチづくり、彩っているんですね。

 

そんな、心から楽しむことの大切さを気づかせてもらった貴重な一日でした。


f:id:fb980844:20170913010658j:image

最近、夢中なことってなんだろうと思ったら、ゴルフがありました!
「誘われたゴルフは断らない!」という大方針を掲げ、月2-3回ペースでラウンドしています。目下の目標はスコアで100を切ること。今週末は地元の岐阜で高校時代の同級生と初ラウンドが楽しみです。

自転車シェア、ぞくぞく

先日、メルカリが自転車シェアビジネスに乗り出すというニュースを発表して話題になりましたが、DMMも参入すると聞いて驚きました。

 

私は普段、ドコモのシェアリング自転車を利用しています。電動自転車なので坂道も楽々。ポートで借りてまた別のポートへ返すという仕組みですが、都内だと港区、千代田区、中央区江東区、文京区、最近、新宿区も加わり(早くこいこい、品川区)、エリアが広がっているほか、使えるポートも結構なスピードで増えています。セブンイレブンの一部店舗とも提携しているので、自宅最寄りのポートに停めて、コンビニで買い物するという流れも板についてきました。

f:id:fb980844:20170911212747j:plain

晴れた日はお気に入りのパン屋さんへ

ソフトバンクも昨年の11月、ドコモより低価格を売りにして、自転車シェアリングに参入すると発表しましたが、こちらは正直あまり見かけません。こちらの記事によるとポート数がドコモ:ソフトバンク=215:44。ドコモがだいぶ先行していることがわかります。

 

さらに調べてみると、先月、中国で自転車シェアリング事業を行う「モバイク」も札幌で事業を開始したとのニュースが(あれ、記者会見の写真に見覚えのある2人)。こちらは電動ではない通常の自転車のようですが、4年間メンテナンスフリーの頑丈なボディを装備と。そうそう、電動バイクは電池の入れ替え作業が大変なんですよね。また、自転車も在庫調整をしているそうで、時折、大きなトラックで自転車を運ぶ姿を見かけます。こういったコストもなかなか負担なんでしょうね。

 

予約、決済、利用時間、返却方法など、各社サービスの内容が少しずつ異なりますが、やっぱり肝となるのは、ポートの数のような気がします。その意味では先行するドコモに分があるのですが、ドコモの自転車は在庫の偏りが大きくて(特に最近顕著)、朝は住宅地の在庫がなく、夜はオフィス街の在庫がないというのが課題。 現状の予約アプリからは在庫台数以外、例えば車体の情報などはわからないため、せっかく予約しても電池残量が5%なんてことも。ラスト1台しかないときは、乗り換えができないので不便ですね。この辺りもちょっとずつ改善されると嬉しいです。

 

所有することによる管理コストや手間から解放してくれるシェアリングビジネス。電車やバスに続く新たな公共交通機関として、今後、自転車シェアリングがますます便利になることを期待しています!!

はじめての屋久島(夏の思い出)

今週のお題はてなブログ フォトコンテスト 2017夏

 

8月の最終週、人生ではじめて訪れた屋久島。
孵化したウミガメの赤ちゃんが、海に向かうシーンに出くわしました。

 

f:id:fb980844:20170910221118j:image

海に行くってことが、わかるんだね。
海が方向が、わかるんだね。
いつかまた、屋久島に帰ってきてね。

 

はじめての屋久島(4)

屋久島滞在5日目、最終日。
楽しい時間は本当にあっという間です。

 

f:id:fb980844:20170909154208j:image

レストランからの眺め、今日は山側です。
眼下に見えているカートをレンタルすれば、広大な敷地内を散策できるそう。なんと、敷地内に滝があるそうなのですが、蚊の襲撃に負けて(笑)散策できずでした。

 

さて、15時半のフライトまで、まだ少し時間があります。チェックアウトして向かったのは「千尋(せんぴろ)の滝」。昔、大人一人が両手を広げた長さを一尋としたことから、とても大きな滝であることからこう名付けられたそうです。写真では伝わりづらいけれど、岩盤の合間に流れ落ちる滝は壮観。

f:id:fb980844:20170909154247j:image

 

f:id:fb980844:20170909154258j:image

展望台からは海もよく見渡せます。なんて気持ちいの良い眺め。

 

f:id:fb980844:20170909154309j:image

帰ろうとしたら、ちゃんと景観台があったことに気づきます。滝に近づいた。

 

f:id:fb980844:20170909154324j:image

景観台に向かう道すがら、登山道の入り口が見えてきました。

 

続いて向かったのは「トローキの滝」。轟(とどろき)の音から来ているそうで、太平洋に直接降り注ぐ、日本では珍しい滝なのだそうです。これ、カーナビで近くまで行けても入口がわからずうろうろしましたが、ネットで口コミを調べてようやく。道路沿いにある「ぽんたん館」に車を停めて、道路を渡れば遊歩道が見えてきますよ。

www.yakushima-marche.com

f:id:fb980844:20170909154333j:image

規模は小さいけど、確かに轟いてました!

 

f:id:fb980844:20170909154338j:image

景観台の対向側には太平洋が見渡せます。

 

ぽんたん館でお土産を買って、屋久島最後のランチへ。カレーが食べたくて、こちらのお店へ。お母さんが一人で営む、とっても素敵なお店でした。

www.yakushima-marche.com

f:id:fb980844:20170909154343j:image

野菜カレー、こんなにボリュームたっぷりで小鉢などもついて890円!

 

レンタカーを返却し、空港に到着したのはフライトの1時間以上も前のこと。さすがにローカル空港で何もすることがない・・とはいえ交通手段もないし、どこか行くほどの時間もないので、空港のベンチでその時間を待ちました。

f:id:fb980844:20170909154349j:image

行きたいところにはだいたい行けましたが、灯台やその先に広がる浅瀬の海にも行きたかった。ウミガメの産卵にも立ち会ってみたいです。夜空の星ももっと眺めたかった、流れ星がたくさん見えるそうです。新緑の季節もまた、素晴らしいという話なので、ぜひまた訪れたいと思います。人生はじめての屋久島旅、おしまい。

はじめての屋久島(3)

屋久島滞在4日目。
今日はJRホテル屋久島をチェックアウトして、いわさきホテルへ向かいます。期せずして、JRホテルのお部屋からいわさきホテルの立地を確認できたのですが、山の上に一軒だけのそびえ立つのがいわさきホテル。景色が楽しみでなりません。

口コミで、山側がよいとの評判だったので、予約時に備考欄に山側希望と添えてみました。どうなるかな?

yakushima.iwasakihotels.com

 

f:id:fb980844:20170909145657j:image

山の上にひときわ際立って見える白い建物、これがいわさきホテルです。 

 

11時にチェックアウトし、向かったのは屋久島自然館。沖縄とも奄美とも違う、この島の成り立ちを少しでも学ぼうと思います。

 

屋久島町立 屋久杉自然館

 

f:id:fb980844:20170909145719j:image

エントランスには、屋久杉を切り出して運ぶトロッコの姿がお出迎え。

 

まず目に付いたのが、こちらの新聞記事。そう、昨日ガイドさんから聞いていた、「縄文杉」の名前の由来となった記事です。この見出しがきっかけで、「大岩杉」が「屋久杉」と呼ばれるに至りました。そして、この縄文杉を発見した本人は、自分の祖父からその存在を聞いていたそうです。ただ、祖父自身も語り継がれていただけで、自身はその存在を見たことはなかったそう。孫である彼が、自分亡きあとにこの杉を発見したことを、天国からどんな気持ちで見守ったことでしょうか。

f:id:fb980844:20170909145740j:image

写真では伝わりませんが、この記事は5mはあろうかという大きな看板です。

 

自然館には屋久島の歴史や島の人々の暮らしが、映像や展示でわかりやすく解説されています。特に、当時の様子を伝える映像資料(NHKだったかな?)では、トロッコに乗って週末に街に繰り出す集落の人々、当時、子供時代を過ごした人々のインタビューなどが映し出されています。また、泊如竹(とまりじょちく)という江戸時代に活躍した儒学者が、当時島津家につかえ、屋久杉の一般利用を始めたと言われているのですが、苦しい島の生活を支えた重要人物の半生も学ぶことができます。

f:id:fb980844:20170909145806j:image

屋久島は花崗岩が隆起してできた島でお米ができない土地。江戸時代は米の代わりに、杉を年貢として納めたそうです(写真)。これを助言したのも、如竹さんです。

屋久杉は、豊臣秀吉が京都に建立した仏殿(大阪城の築城ともいわれる)の資材として注目を集めて以来、島の財政難を救うために木材としての利用が始まりました。薩摩藩の支配、森林の国有化により伐採の最盛期を迎え、海外の安い輸入木材に押され国有林事業が縮小。1970年頃には伐採禁止となり、自然を保護する現在の流れとなります。2016年、林野庁が森の中に眠る倒木、土埋木(どまいぼく)の搬出・木材の生産終了を宣言。一つの時代が幕を閉じました。

屋久島が世界遺産に登録された理由の一つに、人々が共存しながらも、大半の自然が手付かずで残っていることが挙げられています。時代に翻弄されながらも、島とともに暮らす人々の、森への畏敬の念に思い至るのでした。

ーーー

余談ですが、知り合いにたまたま島津さんという人がいます。彼は薩摩藩・島津家の遠縁という話を聞いてびっくり!私は母方が沖縄出身で、琉球もまた、屋久島とともに薩摩藩の侵攻を受けているためでした。だからってどうなる話ではないのですが、こういった歴史背景がまた、旅の味わいを深めてくれるのでした。(20代の頃、2年ほどかけて、沖縄で自分のルーツをたどる旅をしたのですが、その時の話もいつか書いてみようと思います)

 

はてさて、ノスタルジーに浸ってはいても、腹は減るわけで、事前調査していたお店の一つ、近くにある「カフェスマイリー」にてランチタイム。安房川のほとりにある、手作りのぬくもり漂う素敵なカフェです。

cafe-smiley.info

f:id:fb980844:20170909145841j:image f:id:fb980844:20170909145903j:image

 

ランチの後は、30分ほどの山道をひたすら登ってヤクスギランドへ。当初、自然館の裏手のトレッキング道を歩こうかと考えていましたが、こっちにして大正解!標高1000-1300mほどの場所に位置するこの森は、舗装されたトレッキングルートがあり、30分、50分、80分、150分と時間と体力に合わせたコースが用意されています。

縄文杉への登山・トレッキングは結構命がけ(大げさ)だったので、周りの景色や苔に注目する余裕がほとんどなかったのです。家族連れや体力に自信のない人は、こちらでも十分、屋久島の豊かな自然を味わうことができます。

私たちは50分コースを進みました。そうそう、16時半には入場口が閉まってしまうので、気をつけてください。

y-rekumori.com

f:id:fb980844:20170909145930j:image

縄文杉へのトレッキングに負けずとも劣らず、素晴らしい自然を満喫できます。

 

f:id:fb980844:20170909150110j:image

倒木から新たに芽ぶく苔たち。小さな命が見えますか?

 

f:id:fb980844:20170909150227j:image

トレッキングルートは自然のあるがままに。倒木の隙間をぬってとおります。

 

f:id:fb980844:20170909150249j:image

くぐりすぎ、という名前がついてます。くぐる杉はほかにもありました。

 

ーーー

自然をひとしきり満喫し、いざホテルへ。噂通り、山の眺めが美しいホテルです。

f:id:fb980844:20170909150304j:image

吹き抜けの高いロビーからは、山が一望できます。

 

f:id:fb980844:20170909150328j:image

廊下からのビューはこんな感じ。

 

f:id:fb980844:20170909150338j:image

外観はこちら。大きすぎて、写真に収まりません。

そして、お部屋は希望どおり山側へ。景観はこちら。

f:id:fb980844:20170909173621j:image

壮大な自然の姿、写真ではなかなか伝わらないかもですね。

 

f:id:fb980844:20170909150351j:image

夕食は海側で夕陽を眺めながらいただきます。

楽しい時間はあっと言う間。明日が旅の最終日です。

 

はじめての屋久島(2)

屋久島滞在3日目。

 

縄文杉に会いに行こう!ということで、前日に登山用品をレンタル。意外と簡単にできました。リュックだけは持参していたので、登山靴、レインウェア、靴下、ストックを借りましたが、2人で4500円。思っていたより安かった。

 

別名「雨の島」とも呼ばれる屋久島は、水温の高い黒潮の影響で雨が多い島。そのことが豊かな自然を育むのですが、登山となればレインウェアは必須です。思い立ったら登山できる、これも屋久島の魅力かもしれません。

我々はこちらでレンタルをしました。

yakushima-rental.com

 

縄文杉へのトレッキングは自分たちだけでも行くことはできましたが、ガイドさんにお願いしてよかったと個人的には思います。自然や植物、歴史の話などを聞くことで学びが深まったのと、なかなかのハードな山歩き、ペース配分がとっても大事だからです。

 

今回お願いしたのはこちらのお店。
日帰りで一人13000円、合計26000円でした。

yamazuki.jp

 

当日は朝の4時15分にホテルに迎えにきてもらいました。この時間、ホテルもさすがに朝食は提供していないので、既に宿泊プランに含まれている場合は、事前予約すればお弁当を手配してくれます。お昼のお弁当も一緒に頼みました。ツアーに含まれている場合は問題ないのですが、屋久島はコンビニがないので、食事には注意が必要です。

 

登山口までマイカー規制が行われているため、片道30分ほどバスに乗ります。ここが結構登山客で渋滞していて、列に並ぶのに混雑します。チケットを買い、自分たちのポジションを確保したら、ここで朝食のお弁当をいただきました。

 

道のりの2/3は、トロッコ道を歩きます。枕木が高いところは木の上を、低くなってきたら自分の歩幅で歩きました。ここが結構やっかいで、ふくらはぎが数日は筋肉痛になりました。

f:id:fb980844:20170906220711j:image

薄暗いうちからスタート。いよいよです。 

 

f:id:fb980844:20170906220649j:image

一時間ほど歩いたでしょうか。小・中学校跡地に到着。縄文杉が材木として盛んに切り出されていた時代は、山中に集落があり、学校もあったのだそうです。当時の人々の生活が写真から伺えます。

 

f:id:fb980844:20170906220759j:image

途中から、平坦な木が敷かれたトロッコ道に。ずいぶんと歩きやすくなりました。

 

 

f:id:fb980844:20170906220834j:image

次第に苔むす木々が現れて、気持ちが高ぶります。 

  

f:id:fb980844:20170906220909j:image

仁王杉と名付けられた、大きな屋久杉が見えてきます。

 

f:id:fb980844:20170906220934j:image

ウィルソン株に到着。

中から空を見上げるとハート型が表れます。この写真、どうしても撮りたかったんですよね。そして、この写真は角度が重要で、ある一定の場所からしか撮れません。切り株の中に入って、右手奥の方ですよ。

 

ハーバード大学の植物学者・ウィルソン博士が日本を旅行中に、この切り株を発見したことから名付けられたこちらの木。豊臣秀吉の命によって、大阪城だか京都の仏閣築城のため、初めて切り出されたのがこちらの木だったそうです。

 

f:id:fb980844:20170906221020j:image

いつもここは大渋滞。私たちが入った時にはたまたま誰もおらず、一瞬の静寂を味わったのでした。 

 

f:id:fb980844:20170906221057j:image

ルートを進んでいくと、次に見えてきたのが大王杉。こちらも立派です。縄文杉が発見されるまでは、大王杉がトレッキングのゴールだったのだそうです。さすが大王。

 

f:id:fb980844:20170906221148j:image

こちらはよく見ると、マグロの横顔に見えませんか?

ーーー

この途中は道のりが厳しく写真がありませんが、トロッコ道ではない、いわゆる山道を歩きます。上り下りも激しく、足元がすべりやすいので、注意が必要です。 

 

そしてついに。

f:id:fb980844:20170906221207j:image

縄文杉に会うことができました。まずは右手方向からの眺め。

 

f:id:fb980844:20170906221229j:image

そして左側からも。陽の光が差すことも珍しいとのことで、いろいろなラッキーに恵まれたのでした。とっても疲れましたが、頑張ってきたかいがあった。

 

高さ25.3m、周囲16.4m。縄文杉は樹齢2000とも4000年とも言われています。発見した当時は「大岩杉」と呼んだそうですが、のちに南日本新聞の一面に「生き続ける縄文の春」と紹介されたことがきっかけとなり、縄文杉、と呼ばれるようになったそう。 

f:id:fb980844:20170906235906j:image

こちらが当時の新聞記事。昭和42年のことです。

 

近くでお弁当をいただき、エネルギー補給。さ、暗くならないうちに、帰りましょう。

f:id:fb980844:20170906221244j:image

登山バスの時刻もあるので、体力を温存しつつ復路へ。ガイドさんが川を見せたいと、ルートからちょこっと外れて、川辺に案内してくれました。ここで感じる風があまりに気持ちよくて、少しうたた寝。エネルギー回復します。

 

f:id:fb980844:20170906221305j:image

東京の多摩川から放流されたというヤマメが今でも生き残っているそうで、この川でも一匹見つけることができました。

 

f:id:fb980844:20170906221316j:image

ようやくトロッコ道に帰ってきた。と向こうから列車がくるではないですか!?びっくりしていると、ガイドさんが今でもけが人救助などの目的で、電池式?の電車が稼働しているのだそうです。滅多にお目にかかれないとのことで、とてもラッキーです。

 

f:id:fb980844:20170906221331j:image

と、電車の通過を待っていると、食中苔が岩肌にたくさん。「モウセンゴケ」だったかな?こちらも珍しい苔だそうで、ダブルでラッキー。

 

f:id:fb980844:20170906221342j:image

こうして最後の橋を渡り、登山口へ到着したのは17時前。往復22km、所要時間11時間の旅が終わりました。

 

縄文杉は樹齢行ってよかった。
本当にそう思える素敵な場所でした。

 

明日はヤクスギランドです。